お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “晩秋の陽だまりにて”
 


ここいらの平地にも木枯らしというのが吹き始めたそうで、
ほんのつい半月ほど前まで
いつまで暑いのかなんて言いようを
誰もが口にしていたような気がするがと、
急な坂でも下り落ちるような気候の変わりようだったのへ、
勘兵衛が感慨深げな声を紡いだのへと、

 『今年は特に、
  急というか
  目測の立たないお天気が多うございましたものね。』

桜が途轍もなく早く満開になったかと思や、
梅雨だからというのじゃあない、台風と合体し大雨が降ったり。
子供たちの夏休みが始まる前から、
本格的な暑さがやって来たかと思や、
湿っぽかったり炎暑が早くからのずっと続いたりと
土地々々でその暑さがまちまちの、何とも破天荒な夏となり。
何かというと“記録的な”の連呼だったそのまま
今度はなかなか秋が訪れず。
そんな夏の置き土産のせいで、大きな台風や大雨が続き、と。

 『そんなお天気をだけ語ることで、
  今年の重大ニュースの枠が
  半分くらい埋まりそうな勢いでしたからねぇ。』

くすくすと微笑う敏腕秘書殿も、
そんな酷暑に泣かされた一人のはずだが。
過ぎてしまえばこっちのものか、
だとしたら、
そういうところは御主に似ておいでの豪気なもの。
最近流行の、薄手なのに暖かいというダウンジャケットをまとい、
リビングのすぐ外のポーチで、
この時期の眼福、プリムラの鉢を手入れしておいで。
寒いのには耐性がおありだそうで、
体を動かしていればすぐにも暖かくなりますよと、
もうちょっと若いころは、
勘兵衛と出向いた旅行先で
スキーやスノボも嗜んだというから
剛毅を通り越してもはや豪傑。
そして…その御主はといや、
彼とは真逆で、寒いのが苦手と来て。
窓は閉めているというに、
リビングの中、寒くはないのかと案じるような顔をして、
七郎次とそれから、その足元でごそごそと、
鉢に前足を引っかけたり
栄養剤のアンプルを嗅いでみて、ふるるっとお耳を震わせたり、
お手伝いというよりお邪魔をしている仔猫たちを眺めておいで。

 「にゃう。」
 「あ、これ掘ってはいけません。」

何もなく見える鉢に
小さな手を突っ込んでいるメインクーンさんだったが、
それは球根を植えたばかりですと、
手元からひょいと取り上げられた。
おーいと素焼きの鉢を見上げる、小さなお顔も愛らしく。
柔らかな陽の中、ふわふかなお顔の産毛が光って、
ああもう、何て神々しいことかと、
七郎次が思わず動作を止めまでして見ほれたしまたほど。

 「これ、そのような。じっとしておると風邪を引くぞ?」
 「あ、そうでした。」

これはいかんと、作業用の軍手のままおでこをはたき、
ほら、久蔵もクロちゃんもお茶にしましょうと、
小さな応援団をひょいひょいと
お腹へ手を差し入れての手際よくかつぎ上げると
そのままリビングへと上がって来る彼らであり。

 「みゃうにぃ。」
 「おや、何か気になるのか?」

手を洗いにと引っ込んだ七郎次を追うでなし、
閉ざされたガラス窓へお鼻を擦りつけて外を見やる久蔵なのへ、
勘兵衛がすぐ傍らへと屈んで同じほうを見やれば、

 “…ほほぉ。”

晩秋の弱い陽の中、枯れ始めた芝生の上へ躍るは、
赤モクレンの梢の影…に重なる微妙な気配で。

 《 捨て置けぬ気配ですね。》

 “さようか。”

クロさんの助言もあったことだし、
では今宵にでも成敗にかかろうかと、
小さな坊やのふわふわした金の髪へ勘兵衛が大きな手を載せれば、

 「…みゅう。」

赤い宝珠のような双眸をぱちりと瞬かせ、
心ははや、標的の上か、
上の空な声を返した小さな仔猫。


 だが

 夜陰になって屋根の上へと立つは、
 孤高の痩躯を月光に染めた
 自身そのものが細いの太刀のような青年仕様の彼であり。
 長々した衣紋をはためかせ、
 胡蝶のように軽やかに、
 そのくせ刃のように鋭く妖異へ襲い掛かる
 月夜見の大妖狩り。


今はその片鱗さえ見えぬのに、
細い稜線に縁取られた幼い横顔へ
ついつい見ほれてしまった勘兵衛だった。




   〜Fine〜 13.11.12.


  *そして、ごっつい冷える晩に、
   なんて忌々しいと半分八つ当たり気味になるところまで
   意気投合する勘兵衛様と久蔵さんだったら笑えます。
   (あ、賞金稼ぎの方のキュウさんは
     シチさんと一緒で寒いの強かったかな?)

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